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大阪地方裁判所 昭和63年(ヨ)1633号 決定

申請人

南村初

右代理人弁護士

渡辺四郎

久保田昇

被申請人

大阪フィルハーモニー交響楽団

右代表者運営委員長

本郷公

右代理人弁護士

前川信夫

主文

一  申請人が被申請人のコントラバス奏者とする雇用契約上の地位を有することを仮に定める。

二  被申請人は申請人に対し、昭和六三年二月以降毎月二五日限り一か月金四〇万三四八〇円の割合による金員を仮に支払え。

三  申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一当事者の求める裁判

一  申請の趣旨

主文同旨

二  申請の趣旨に対する答弁

1  本件申請を却下する。

2  申請費用は申請人の負担とする。

第二当裁判所の判断

一  当事者間に争いのない事実

1  被申請人は、権利能力なき社団として、大阪フィルハーモニー交響楽団を主宰している。

2  申請人は、昭和三九年一〇月、被申請人のコントラバス奏者とする専属契約を締結して雇用され、以来その地位にあるが、昭和六〇年一一月一日付で、被申請人と申請人が加入する労働組合日本音楽家ユニオン大阪フィルハーモニー交響楽団支部(以下、組合支部という。)との間で昭和六〇年度以降個人契約制度を廃止する旨の協定を結んだのにともない、それ以降個人契約書を交わすことなく雇用されている。

3  被申請人は、昭和六二年一二月三一日付で、申請人を解雇する旨の意思表示(以下、本件解雇という。)をなした。

その解雇事由は次のとおりである。

すなわち、(イ)申請人は株式会社ジェイアンドジェイ(以下、訴外会社という。)と称する音楽事務所を兄と共同で設立し、そのチーフ・ディレクターに就任した、(ロ)被申請人が立案し予定していた来期の演奏計画を妨害する外人演奏家の招聘を実施し、右の競業行為によって被申請人はその運営上の支障をきたし、採算上も重大な被害を受けた、(ハ)申請人が被申請人のコントラバス奏者の仕事と訴外会社の経営を両立して行うことを各方面に配布した文書で揚言したことは、被申請人楽団員としての責務を著しく軽視する暴言であり、楽団演奏家としての天職に全身全霊を打込み投入している他の同楽団員らを侮辱し、困惑させるばかりか、対外的にも申請人及び同楽団員らの名誉と信用を失墜させるもので、被申請人としては、そのような申請人の立場を容認し、契約関係を存続せしめることはその性質上断じて不可能である。よって、申請人を解雇する、というにある。

二  本件解雇の無効

1  申請人は、本件解雇事由は昭和六二年四月一日施行の被申請人の楽団員就業規則(以下、本件就業規則という。)第Ⅱ項の解雇事由に該当せず、無効である旨主張し、被申請人は、本件解雇は、契約上の通常解雇であって、就業規則の解雇事由に該当しなくても解雇できる旨反論するので、まず、この点について検討する。

本件就業規則第Ⅱ項(解雇)に、

「楽団員の解雇は、次のとおりとする。

1 業務に堪えられない者、労働能率が著しく劣悪な者、精神または身体の障害により業務に堪えられない者は、楽団は組合と協議して決める。」

と規定されていることは、当事者間に争いがない。

ところで、一般に、就業規則に解雇事由が列挙されている場合、就業規則等に、特にそれが自由な解雇権行使を自ら制約したものである旨(限定的列挙)、あるいは解雇事由の一部列挙にすぎず、列挙事由以外の場合でも解雇できる旨(例示的列挙)が明らかにされているときは、それに従うべきことは論を待たないが右趣旨が明らかにされていない場合には、特段の事情のない限り、解雇事由の列挙は例示的なものであって、これにより使用者が解雇権を自ら制約したものということはできず、使用者は、就業規則に規定された解雇事由に該当しない事由をもって解雇をなし得ると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、疎明によれば、本件就業規則は別紙就業規則のとおりであって、右就業規則上、解雇事由が限定的列挙あるいは例示的列挙と解する条項はないし、本件疎明上、本件就業規則を限定的列挙あるいは例示的列挙と解する疎明はない。

したがって、本件就業規則の解雇事由は、例示的列挙と解するのが相当であるから、申請人の右主張は理由がない。

2  次に、申請人は、本件解雇が、被申請人と組合支部との間に締結された事前協議、合意条項協定に違反し無効である旨主張するので、この点について判断する。

被申請人と組合支部との間で、昭和六一年六月二五日付で労働協約が結ばれ(以下、本件労働協約という。)、右協約第Ⅴ項に、「組合員の解雇については本人および組合に異議のあるときは労使協議し、協議が整わない場合は解雇しない」旨の条項(以下、本件協議合意条項という。)があることは、当事者間に争いがない。

ところで、被申請人は、本件協議合意条項は、本件就業規則の解雇条項の「組合と協議して決める」との文言を具体化したものであって、本件解雇には適用されない旨反論する。

本件疎明中(被申請人代表者の陳述書)には、右主張に副う部分もあるが、後記の認定判断に照らして信用できない。

すなわち、本件協議合意条項の記載から右のように解することは困難であるばかりか、本件疎明によれば、本件協約が締結された際、別紙協定書(以下、本件協定書という。)が作成されたことが一応認められるところ、別紙就業規則によれば、本件就業規則が試雇期間及び解雇の二条項にすぎないのに対し、本件協定書は、「人事」と題し、「募集と採用」、「採用」、「退職」、「解雇」、「異動、昇進、賞罰」、「定員」、「休職」の項目から成り、第一項から第一〇項に及んでいることが明らかである。しかも、右協定書によれば、募集につき、「必要のある場合は、楽員全員で協議する」、採用につき、「新規採用するすべての楽員、従業員の労働条件については組合と協議のうえ決定する」、退職につき、「本人が退職を希望したときは、退職条件について楽団と組合が協議して決める」、異動等につき、「組合員の昇進、降格、登用、賞罰については、楽団は組合と協議して決める」、定員につき、「定員の基準については、楽団は組合と協議して決める」旨の協約が締結されており、被申請人は、労使間の労働条件等重要事項について、広く一般的に組合支部と協議して決める旨約し、本件協議合意条項だけが協議の対象になっているものではないことが明らかである。

これらからすると、本件協議合意条項は、単に本件就業規則を受けて協定されたものでなく、解雇一般についての協約と解するのが相当である。

そこで、本件解雇につき、労使間の協議及び協議が整ったか否かについて検討する。

争いのない事実及び疎明資料によれば、一応、次の事実が認められる。

(1) 昭和六二年一二月一〇日ころ、被申請人は、申請人が訴外会社の取締役に就任してその経営に参画し、被申請人と同種の演奏会を企画開催していることを知り、同月二二日、申請人を被申請人事務所に呼出し、右事実を確認するとともに弁解の機会を与えたが、申請人に反省の色がなかったため、同月三〇日、申請人に対し、本件解雇事由を理由として解雇通知書を交付しようとしたが、申請人が受領を拒否したため、同月三一日付内容証明郵便により、本件解雇の意思表示をなしたこと、

(2) 申請人は、昭和六三(ママ)年一二月三一日、訴外会社の取締役を辞任したこと、

(3) 申請人は、昭和六三年一月初めころ、組合支部に対し、本件解雇問題の解決を委ねたこと、そこで、組合支部は、同月六日、被申請人に対し、本件解雇問題について協議するよう申入れをなし、同日以降同月三〇日までの間に六回にわたって交渉がなされたこと、組合支部は、本件解雇事由の法的評価は申請人に不利であると、一応の判断をしながら申請人の強い復職希望を受けて申請人の復職要求をなしてきたが、被申請人側は、一貫して右要求を拒否し続けたこと、その結果、組合支部は、要求が実現できなかったことを遺憾としながらも、第六回目の交渉をもって、本件解雇に関する交渉を終息することとし、その旨を記載した文書(以下、本件文書という。)を配布したこと、

他方、被申請人は、組合支部が被申請人の本件解雇を認めたとして、申請人に対し、昭和六三年一月三一日付をもって、本件解雇事由と同様の理由で念のため解雇する旨の意思表示をなしたこと、

(4) 申請人側は、被申請人が本件解雇に関し、組合支部が同意していると主張してきたことに驚き、組合支部に対し、昭和六三年二月一五日付内容証明郵便で、本件解雇に同意したのか否かを文書による回答を求めたこと、これに対し、組合支部は、本件文書記載のとおりであると解(ママ)答したのみで、同意の有無を明確に回答しなかったこと、

右事実によれば、組合支部と被申請人側との本件解雇問題についての交渉は平行線のまま終息したものであって、本件文書はこのことを明らかにしたにすぎず、本件文書から組合支部が本件解雇に同意したと解することは困難であるから、右文書をもって本件協議合意条項にいう「協議が整った」と認めることはできないし、本件疎明上、他に右協議が整った事実を認めるに足りる疎明はない。

したがって、本件解雇は本件協議合意条項に違反し無効なものといわざるを得ない。

申請人のこの点に関する主張は理由がある。

三  賃金

申請人が、被申請人から昭和六二年六月分以降毎月二五日限り一か月金四〇万三四八〇円(手当を含む)の割合による賃金の支給を受けていたことは当事者間に争いがない。

四  仮処分の必要性

以上のとおり、本件解雇は無効であり、申請人は被申請人のコントラバス奏者としての雇用契約上の地位を有するところ、被申請人がこれを争っていることは前記のとおりであるから、その地位を定める必要がある。

また、疎明によれば、申請人は、被申請人から支給される賃金のみで生計を維持していることが一応認められるところ、被申請人は、昭和六三月二月分以降の賃金の支払をしないから、申請人は、被申請人に対し、昭和六三年二月以降毎月二五日限り一か月金四〇万三四八〇円の割合による仮払いを求める必要性がある。

五  よって、本件仮処分申請は理由があるので、事案の性質上保証を立てさせないで認容し、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 田畑豊)

大阪フィルハーモニー交響楽団

《楽団員就業規定》

大阪フィルハーモニー交響楽団(以下、楽団と呼ぶ)は、日本音楽家ユニオン・大阪フィルハーモニー交響楽団支部(以下、組合と呼ぶ)との労働協約のほかに、当楽団における楽団員就業規定を次のとおり定める。

(試雇期間)

Ⅰ 新規採用する楽員の試雇条件は、次のとおりとする。

1 試雇期間は最長一年とし、三ケ月ごとに、楽団と組合による査定を行なう。

2 査定基準は、楽団の楽員として適当であること、とする。

3 査定方法は、指揮者団と該当セクションの意向を勘案し、楽団と組合が協議して決める。

4 三ケ月で査定が困難、もしくは延長が必要とみなした者については、査定期日を延長するときがある。但し、一ケ年を限度とする。

5 試雇期間を終え、引き続き採用する場合は、試雇期間の当初から採用したものとする。

6 試雇期間中において、楽団と組合が、楽団の楽員として適当でないと認めたときは、いつでも解雇する。

7 試雇期間中の賃金等は、別に定めるところによる。

(解雇)

Ⅱ 楽団員の解雇は、次のとおりとする。

1 業務に堪えられない者、労働能率が著しく劣悪な者、精神または身体の障害により業務に堪えられない者は、楽団は組合と協議して決める。

(附則)

Ⅲ この規定は、昭和六二年四月一日施行とする。

以上

協定書

大阪フィルハーモニー交響楽団(以下楽団と呼ぶ)と日本音楽家ユニオン大阪フィルハーモニー交響楽団支部(以下組合と呼ぶ)はこの協定を締結する。

《人事》

(募集と採用)

Ⅰ 楽員の募集は次のとおりとする。楽団職員については別に定める。

1 楽員の募集は原則的に一般公募制度とする。

2 楽団は、楽員の新期採用に先立ち、組合に通知し、労使協議をしたうえで、必要と思われる新聞、雑誌その他の刊行物に募集内容を掲載する。また楽団と組合は関連する個人、団体等にも募集内容を通知する。

3 楽団は、応募者の提出した履歴書、推薦状(ある場合)等の内容を、すみやかに組合に知らせる。(採用試験以前に知らせる)。

4 必要のある場合は、楽員全員で協議する。

Ⅱ 楽員の採用試験は次のとおりとする。

1 楽団は、組合と書類審査を共同で行なったうえで、実技試験を実施する。

2 実技試験は、原則として、組合員と音楽監督、専属指揮者が立ち合い、各人それぞれ一票の投票権を有する。必要な場合は、全楽員の意向を勘案する。

3 実技試験の合格は、原則的に多数決とする。開票には楽団と組合が立ち合う。

4 実技試験合格者が決定したときは、楽団と組合が協議して、最終決定を行なう。

5 採用通知は楽団が行なう。

6 合格者がいないとき、または受験者がいないときは、再募集をする。以後もこれに準ずる。

7 楽団と組合が特別な事由があると認めた人物の採用については、労使協議をして決める(例:コンサートマスター、特別契約者など)。

(採用)

Ⅲ 楽団は、新規採用するすべての楽員・従業員の労働条件については組合と協議のうえ決定する。

(退職)

Ⅳ 退職については次のとおりとする。

楽団職員については別に定める。

1 本人が死亡したとき。

2 本人が退職を希望したときは、退職条件について楽団と組合が協議して決める。

3 前各項以外の退職については、楽団は組合と協議する。

(解雇)

Ⅴ 組合員の解雇について本人および組合に異議のあるときは労使協議し、協議が整わない場合は解雇しない。

(異動、昇進、賞罰)

Ⅵ 組合員の昇進、降格、登用および賞罰については、楽団は組合と協議して決める。

(定員)

Ⅶ 定員の基準については、楽団は組合と協議して決める。

(休職)

Ⅷ 休職は次のとおりとする。楽団職員については別に定める。

1 傷病による欠勤が二年に達したときは休職とする。

2 私事による欠勤が一ケ月ないし六ケ月に達したときは、労使協議により、休職とする。

3 前各号以外の休職については楽団と組合が協議する。

4 前各号(1)(2)の欠勤期間の賃金は、六ケ月以内は基本給および夏期・冬期一時金の一〇〇%、六ケ月以上は同五〇%をそれぞれ支給する。

5 休職期間は無給とする。

6 留学(国外・国内)は二年間を限度とし、休職扱いとする。

7 前各号によって休職となった組合員は、休職満了後これを解き原職に復帰させるが、それが出来ないときは労使協議し、他の相当な職につかせる。

Ⅸ この協定書の有効期間を昭和六一年六月二五日より昭和六二年三月三一日までとし、楽団、組合の双方に異議のない場合は自動延長する。

Ⅹ この協定書に疑義が生じた場合は楽団と組合で協議して改訂を行なう。

以上

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